『常陸国風土記』

常陸国風土記 全訳注 (講談社学術文庫)

常陸国風土記 全訳注 (講談社学術文庫)

 

出雲国風土記ほどではないものの、わりと完全な形で残っている風土記

古代には、新治郡、筑波郡、信太郡、茨城郡、行方郡、香島郡、那賀郡、久慈郡、多珂郡の九郡があったようだ。
なかでも、行方郡の記述が長いので、国府があった茨城郡よりもこちらのほうが発展していたのではないかとおもわれる。

行方は、霞ヶ浦と北浦の間にはさまれた、半島のようなところ。
「玉造」という地名があったり、関東では大きい部類にはいる古墳があったり、と、繁栄のさまがしのばれる。
景色もいいし、交通の便もよく、土地も肥沃とあっては、栄えないわけがない。
風土記を読んであのあたりに足を運んでみるのも一興かと。



出雲国風土記とくらべて際立つのは、内容以外には文体の”華麗さ"かとおもわれます。
書き下し文でもわかる、その漢文調。
巻末の解説を読むと、唐に留学した藤原四兄弟のひとりである藤原宇合の名がありました。
常陸国司になったことがあり、そのときに編纂したのではないかという説があるそうです。
大和政権にまつろわぬ国栖、土蜘蛛といった”異民族”の記述も頻繁に現れ、それらを平定していった伝説を多く載せるなど、中央視点の内容になっています。蝦夷討伐に意欲を見せた国司の手によるもの、という説には説得力がありました。

他に、万葉歌人高橋虫麻呂がかかわっていという説もあるとか。
このふたりが、ああだこうだと風土記について語り合っているところを想像するのもたのしい^^;